狩野英孝さんは、お笑い芸人やYouTuber、50TAとして活躍する一方、宮城県栗原市にある櫻田山神社で神職も務めています。芸能活動と神社の仕事を両立する、珍しい経歴の持ち主です。
その背景にいるのが、櫻田山神社の第38代宮司を務めた父・狩野勉さんです。父は2012年に60歳で亡くなっていますが、具体的な死因は公表されていません。
父がどのような人物だったのか、実家の神社をめぐる親子関係、復興応援ライブ、父の死後に狩野英孝さんが神職を継いだ経緯まで、公表されている内容をもとに紹介します。
狩野英孝の父は第38代宮司の狩野勉
狩野英孝さんの父について、現在確認できる主なポイントは次のとおりです。
| 父親 | 狩野勉さん |
| 職業 | 櫻田山神社の第38代宮司 |
| 死去 | 2012年9月・60歳 |
| 死因 | 公表されていない |
| 後継 | 長男の英孝さんに継承を希望 |
父の氏名や宮司としての記録は、主要報道と宮城県神社庁の資料で確認できます。
狩野英孝の父親プロフィール
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 狩野勉 | 主要報道や宮城県神社庁の記録に掲載 |
| 職業 | 神職 | 櫻田山神社の第38代宮司 |
| 子供 | 英孝・孝彦 | 英孝さんが長男、孝彦さんが弟 |
| 死去年 | 2012年 | 9月に急死したと報道 |
| 亡くなった年齢 | 60歳 | 主要報道で確認 |
| 死因 | 非公表 | 死亡日時や葬儀日程も公表されず |
宮城県神社庁の地震被害記録にも、栗原市栗駒の山神社の宮司として「狩野勉」と記載されています。
一部では父の名前が異なる漢字で書かれることもありますが、主要報道や宮城県神社庁の記録では「狩野勉さん」と確認できます。
狩野英孝の父は2012年9月に60歳で亡くなっている
父・勉さんは、2012年9月に60歳で急死したと報じられています。
当時30歳だった狩野英孝さんは、父の死後に公式ブログを更新し、故郷の家を守ってきた父への感謝をつづりました。
2018年の父の日にも、公式ブログで「もう6年たつのか」と父を思う文章を投稿しています。毎年伝えていた感謝や体を気遣う言葉を、もう直接伝えられない悔しさも明かしました。
父の死から年月がたっても、狩野英孝さんにとって父が大きな存在であり続けていることが伝わります。
狩野英孝の父の死因は公表されていない
狩野英孝さんの父の死因は、遺族の意向により非公表です。
2012年9月の日刊スポーツは、勉さんが60歳で急死したことを伝える一方、死亡した具体的な日時や死因、葬儀日程などは公表されていないと報じました。
インターネット上では特定の病名が書かれることもありますが、本人や家族の発信、当時の主要報道で確認できるのは「急死した」という点までです。具体的な病名を裏付ける公式情報は見当たりません。
父・勉さんが2012年9月に60歳で急死したことは報じられていますが、死亡した具体的な日時や死因、病名は公表されていません。
狩野英孝の父と実家の櫻田山神社との関係
父・勉さんは、宮城県栗原市にある櫻田山神社の第38代宮司でした。長男の英孝さんには幼い頃から後継者としての期待が寄せられていましたが、英孝さん自身は芸能界へ進む道を選びました。
父は櫻田山神社の第38代宮司
櫻田山神社は、正式には「山神社」といい、宮城県栗原市栗駒桜田に鎮座しています。古くから安産や子育ての守護神として信仰されてきた神社です。
狩野英孝さんが「神社の息子」として知られる背景には、父が代々続く神社を守っていたことがあります。父は英孝さんが神社を継ぐことを望んでいました。
一方の英孝さんは、テレビの世界への憧れが強く、高校卒業後に俳優を志して上京します。父や祖父が神主として苦労する姿を見ていたため、若い頃は神社を継ぐことに反発していたと本人が明かしています。
地震で被災した神社の復旧に取り組んでいた
櫻田山神社は、2008年6月に発生した岩手・宮城内陸地震で被害を受けました。
宮城県神社庁の記録には、境内の石灯籠などが倒れた当時の写真とともに、「山神社(狩野勉 宮司)」と掲載されています。
父・勉さんは宮司として、地域の人々とともに神社の復旧に取り組みました。2011年の東日本大震災でも被災しましたが、その後、神社は復旧しています。
神社を守ることは、狩野家の家業だけでなく、地域の信仰や人々が集まる場所を守ることでもありました。
父が宮司を務める神社で復興応援ライブを開催
2009年4月、狩野英孝さんは実家の櫻田山神社で、震災復興を応援する無料ライブを開催しました。
日刊スポーツによると、前年の岩手・宮城内陸地震で被災した故郷への感謝と応援の気持ちを込め、春の大祭後に境内でネタを披露する企画でした。
「狩野英孝の父 ライブ」と調べられることがありますが、父本人が芸能ライブを行ったわけではありません。父が宮司を務めていた神社で、英孝さんが復興応援ライブを開いたという出来事です。
復興応援ライブは、芸能界へ進んだ英孝さんが、父の守る神社と故郷の復旧を応援した催しでした。
父の死をきっかけに狩野英孝は神職の道へ
若い頃の狩野英孝さんは、実家の神社を継ぐことに強く反発していました。しかし、震災や父の死を経験したことで、家業に対する考え方が変化していきます。
父の死が神職資格を取るきっかけになった
狩野英孝さんは、2025年の日研リアルスナップのインタビューで、父が亡くなったことを機に家族と話し合い、「やってみよう」と覚悟を決めて資格を取ったと語っています。
若い頃は神職になることを避けていましたが、父の死後、代々守られてきた神社や地域とのつながりに改めて向き合いました。
宮城県公式ウェブサイトでは、狩野英孝さんが2016年に神主の資格を取得し、櫻田山神社の第39代神主として仕事に従事していると紹介されています。
かつて避けようとしていた神職の道を、父の死後に自ら選び直したことは、狩野英孝さんの人生における大きな転機となりました。
弟と一緒に父が守った神社を支えている
狩野英孝さんには、放送作家として活動する弟の狩野孝彦さんがいます。
マネーポストWEBのインタビューで、孝彦さんは2012年に父が急死したあと、神社を兄弟2人で守ると決めたことを明かしています。
英孝さんは芸能活動を続けながら神職を務め、孝彦さんも放送作家の仕事と神社を支える役割を両立しています。父が生前に望んでいた形とは多少異なっても、兄弟で神社を受け継ぐ形が築かれました。
現在も芸能活動と神職を両立している
狩野英孝さんは現在も、テレビ出演やYouTube、音楽活動と並行して、年末年始などに実家の神社で神職を務めています。
テレ朝newsは、2026年1月の三が日に櫻田山神社で神職を務め、御朱印を1200枚書いたと本人が報告したことを伝えています。
父の死後に取得した資格は、肩書きだけのものではありません。狩野英孝さんは芸能活動と神職を現在も両立しています。
狩野英孝さんは櫻田山神社の第39代神主として、父が守った神社と故郷とのつながりを受け継いでいます。
記者会見の「父はもう亡くなっています」も話題に
狩野英孝さんの父については、2017年1月に開かれた記者会見での受け答えも知られています。
記者が相手側の父親について尋ねる流れで、狩野英孝さんが「父はもう亡くなっています」と答える場面がありました。ORICON NEWSの会見記事でも、相手側の父親とのやり取りについて報じられています。
この発言が父の死を初めて公表した場面だったわけではありません。父・勉さんの死去は2012年に報じられており、質問の対象がかみ合わなかった場面として後年も話題になりました。
狩野英孝の父に関するまとめ
狩野英孝さんの父について、重要な確認結果をまとめます。
【キニトピ!まとめ】
- 父親は第38代宮司の狩野勉さん
- 2012年9月に60歳で急死
- 死亡日時や具体的な死因は非公表
- 英孝さんが神社を継ぐことを希望
- 被災した神社の復旧に尽力
- 2009年に境内で復興応援ライブを開催
- 父の死後に英孝さんが神職資格を取得
- 現在は兄弟で神社を支えている
狩野英孝さんは、若い頃に反発していた家業と父の死後に向き合い、現在は櫻田山神社の第39代神主を務めています。
芸能活動を続けながら故郷とのつながりを守る姿には、父から受け継いだ思いが表れています。
